デス・オーバチュア
第100話「葬送の天使祝詞」




主人を失ったラストエンジェルが床に転がり、悲しげな音をたてた。
「許せ、ノワール。余もこれ以上、恥をかくわけにはゆかぬのだよ」
無数に居たザヴェーラがたった一人に戻っている。
まさに夢、幻のような現象だった。
しかし、全ては現実。
無限のザヴェーラに一太刀ずつ切られ続けた結果、ノワールは肉片一つ残らず消滅したのだ。
「……こんなところでいかがかな、宰相閣下? 余はそなたの役にたてたか?」
ザヴェーラは悲しげに独り輝き続けるラストエンジェルに背を向けて、エランに笑みを向ける。
「……ええ、助かりました、ザヴェーラ殿。このお礼は……」
「いや、礼には及ばん。七国進行の際はルヴィーラに不覚を取った上に、この地では誰ともかち合わず、誰一人倒すことなく、役立たずのまま終わるなど余の誇りが許さぬ……全ては余の誇りを守るためにやったようなものだ」
「……はあ……とにかく、お礼申し上げます」
エランには、ザヴェーラの拘り、誇りはよく解らなかったが、深々と闇の皇子に対して頭を下げた。
それに対して、ザヴェーラは満足げな笑みを口元に浮かべると、闇の神剣を掻き消す。
「さて……」
ザヴェーラは、いまだ遙かな上空から、白銀の十字架と修道女に対して集中砲火を続ける銀の妹に視線を向けた。
今まで思いもしなかった妹の一面を見ながら考える。
数千年前、獅子の皇国において、ノワールとシルヴァーナは可愛い弟と妹だった。
あの憎たらしい方の弟、ルヴィーラとは違う。
生前もあの弟だけは気に食わなかったし、何よりあの弟は兄である自分を両親と共に惨殺したのだ。
あの弟に対する憎しみは果てしない、だから、あの弟なら迷わず喜んで殺せるのだが……もう一人の弟と妹に対しては殺すほどの憎しみはない。
従順なふりをして当時自分を謀っていた妹、その妹を庇って自分に刃向かった弟……斬り殺しておきながらなんだが、よく考えれば殺すほどの罪ではなかったかなと今になって思えてきた。
「ふむ……まあ、過ぎたことだ……」
人間だった時と違って、殺人に対する抵抗感などはなく、兄弟だろうと迷わず殺せる。
肉体だけでなく、認識、倫理、あらゆる意味でザヴェーラはもはや人間ではないのだ。
「確かに、当時の貴様の境遇を考えれば……気持ちが解らぬこともない。余の敵にならぬ限りは好きに生きるがいい、妹よ……」
弟(ノワール)の命に免じて、妹は見逃してやろう。
己が誇りを守るための行為、エランへの義理はもはや果たせたのだ。
本来、クリアともファントムとも部外者である自分がこれ以上積極的に関わる理由はない。
「……ではな、余はこれで退場するとしよう」
ザヴェーラは黒い闇へと転じると、空間に溶け込むように掻き消えた。



その鎖は突然現れた。
四方八方の空間から突然出現した白銀の鎖は、ラストエンジェルが転がっている隣の『何もないはずの空間』を雁字搦めにする。
「ふふ……もうこれ以上、あなたの出番はいらない。終わりにしましょう」
声は室内の外から聞こえてきた。
その声に反応したかのように、銀雨が止む。
シルヴァーナが自らの意志で止めたのだ。
その隙をついてランチェスタが反撃してくることもない。
シルヴァーナも、ランチェスタも、この場に居る全ての者が、室内にゆっくりと入ってくるその人物に注目していたからだ。
彼女を表す色は暗い青、あるいは青い紫。
ブルーパープルともダークブルーともつかない髪と瞳をした女は、豪奢な青い『着物(東方の衣服)』を着こなしていた。
腰の辺りまである長い髪が美しく風になびく。
女はこの世のものとは思えないほどの美しさをしていた。
「リンネ?」
タナトスが女の名前を口にする。
リンネ・インフィニティ、洞窟の入り口でマルクト・サンダルフォンを倒した素性不確かな謎の女性だ。
『……な……なぜ、なぜだっ!?』
鎖が絡み付いている何もないはずの空間から、ノワールの声が聞こえてくる。
「ふふ……」
リンネが微かに右手首を引き寄せた。
直後、鎖が引き締まり、悲鳴と共にノワールが姿を現す。
白銀の鎖は何もない空間ではなく、姿を隠していたノワールを雁字搦めにしていたのだ。
「なぜだ!? なぜ、貴方が僕の邪魔をするんだ!? 魔皇妃!」
ノワールは憎しみの籠もった瞳でリンネを睨みつけながら怒鳴りつける。
リンネは、その問いには特に答えず、ふふ……といつものように笑うだけだった。
「……魔皇妃?」
タナトスはその言葉の意味を考える。
確か、魔界で一番偉い二人の魔族が魔皇だった気がする……魔皇妃というのだから、その妃なわけで……。
「ルーファスの奥さん!?」
流石に、いくら鈍いタナトスにもルーファスがおそらく魔皇……光皇であることはもう薄々気づいていた。
クリア国に帰ってからはっきりと問いただすつもりだったが、魔界で光皇を遠目に見た時点でなんとなく察し始め、ここでケセドやDなどと出会いかなりの確信に至っている。
「ふふ……残念だけど少し違いますわ。ルーファスは妻を娶ったことはありません、子ならおりますけどね」
リンネは、口元に手をあてて上品に笑った。
「子持ち……」
ここは子持ちという事実に驚くべきなのだろうか、それとも独身?だったことを喜ぶべきなのだろうか……。
「私の夫はルーファスの双子の兄、魔眼皇ファージアス……つまり、私はルーファスの義姉というわけですわ」
「……義姉……ルーファスの義姉様……?」
それに、魔眼皇というのはアクセルが復活させようとしていた、存在するだけで地上を滅ぼすという魔皇……その妻?
「なぜだ、魔皇妃!? 魔眼妃よ! アクセル……僕は貴方の夫を召喚しようとしたわけで、貴方達に敵対していない、寧ろ、貴方にとって……」
「ああ、そんなことはどうでもいいのです」
リンネはノワールの発言を途中で遮った。
「なっ……?」
「私は神族だから、地上と魔界の行き来はフリーパス、あの人に会おうと思えばいつでも会える……それに、別に地上(こっち)でまであの人に会いたいなんて思いませんわ」
リンネは右手を握りしめることで、ノワールを拘束する鎖をさらに引き締める。
「ぐぅっ!」
「寧ろ、あの人を地上に来させたくはないの。私は……あの人とルーファスを会わせたくないのよ……」
「それは……どういう……意味だ……?」
「あなたには関係ありませんわ。他人の夫婦仲、家庭の事情に口を出さないで……まして、余計なお世話など焼かれても……凄く不愉快なだけです!」
リンネが思いっきり右手を引き寄せると、ノワールは見えない力で引き寄せられるように、地に転倒した。
「……まったく、私はルーファスに焼き餅を……焼いたりなんか……」
「ん?」
リンネの意味不明な小声の呟きが聞き取れたのは、もっとも近くにいたタナトスだけである。
聞き取れたといっても、意味がよく解らなかった。
妻が義弟に焼き餅を焼く? どういう関係なのかタナトスには想像もつかない。
「んっ、とにかく」
リンネは仕切り直すように咳払いをした。
「私がなぜ、あなたが逃げる邪魔をしたかというと……もうあなたに期待が持てないからですわ」
「な、なんだと!?」
「もう貴方の種……底の浅さは知れてしまった、あなたは実質タナトスに敗れてしまった……この場から逃れたあなたが、後にタナトスやタナトスの仲間の誰かと再戦などするのは、『ページの無駄』以外の何物でもありません」
「無駄!? 何を訳の解らぬことを……」
「私の歴史(物語)に、もうあなたのためにさくスペースはありません。消えなさい、黒の皇子」
リンネの懐から独りでに古ぼけた書物が飛び出し、ページが勝手にめくれていく。
書物があるページで止まったかと思うと、ページの一枚が破れ、宙に浮かんだ。
「……歴史抹消」
ページの端に突然火が付き、ゆっくりとページが焼け溶けていく。
「なっ!? そんな馬鹿な……僕の足が消えていく……!?」
ノワールの足首が灰色になったかと思うと、風に吹かれ、文字通り灰のように足が霧散していった。
「あなたは未熟すぎる、タナトスの宿敵として役不足……面白くない……だから、消えなさい」
ページの燃える様に連動するように、ノワールの下半身が灰となって消えていく。
「い、いやだああああああああああっ! 僕は消えたくない!」
突然、黒い風が巻き起こった。
ページを燃やしていた炎が掻き消える。
それと同時に、ノワールの体の風化が上半身を残して止まった。
「本当に……世話の焼ける子……」
いつのまにか、ノワールの背後にシルヴァーナが居る。
黒い極光を放つシルヴァーナの右手が鎖に触れたかと思うと、この世の何者にも斬れるはずのないリンネの鎖が、あっさりと砕け散るように崩壊した。
「なっ!? 私の鎖がっ……」
リンネは驚愕の表情を浮かべる。
生まれて初めての現象だった。
拘束の現象概念たる白銀の鎖が『崩壊』するなど……。
「フフフッ、そう驚かれなくても……絶対に断ち切れない鎖……ええ、あたくしごときには絶対にこの鎖は斬れないでしょう……ですので、鎖に『自壊』していただきました」
「……自壊?」
手品の種はおそらく、一瞬彼女の右手に宿った黒い極光に違いないとリンネは推測していた。
あれは闇とか影とかいった力ではない。
もっと特種で異質な力だ。
「……姉上……姉さん……」
「お逃げなさい、ノワール。この人達はみんな、姉さんがやっつけてあげるから……それまで隠れていなさい」
「……う、うん、解ったよ、姉さ……」
ノワールの声を遮るように、突然飛来した赤い無数の矢尻のような物体がノワールを吹き飛ばす。
無骨な一振りの剣が吹き飛ぶノワールの首に突き刺さり、彼を壁に張り付けにした。
「……異界竜の牙?」
リンネが剣の名前を口にする。
「剣で貫かれた気分はどうだ?」
声のした方に赤い矢尻達が飛んでいった。
赤い矢尻は積み重なっていき、赤い長剣と化し、男の左手に収まる。
赤い長剣は、最強の攻撃力を持つ神剣バイオレントドーンだった。
「アクセルの気持ちが解ったかよ?……ガキが」
「……アクセル? いや、違う……?」
バイオレントドーンを握っているのは、金髪に碧眼の上半身裸の男。
「あいつはな……いずれ、俺が殺すはずだったんだよっ!」
男がバイオレントドーンを振り下ろすと、刀身が無数の矢尻として分解し、ノワールに向かって襲いかかった。
「ラストエンジェル!」
ノワールの絶叫にも等しい叫びに反応するように、ラストエンジェルが独りでにノワールの前に飛来し、赤い矢尻達を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた矢尻達は男の手元に戻り、元の赤い長剣の姿を形成した。
「ちっ!」
『だから、あたしとちゃんと契約しようって言ったんだよ、旦那。契約してもらわないと、あたし、本来の百分の一の力も出せないんだからさ……』
男の脳裏に女の声が勝手に響いてくる。
「黙れ、剣のくせに喋るな!」
男は駆けだした。
矢尻による遠距離攻撃ではなく、直接、長剣でノワールを斬り殺すために。
「調子に乗るな、下郎!」
ノワールは左手でラストエンジェルを掴むと同時に、右手で異界竜の牙を首から引き抜いた。
下半身は無くなっているはずなのに、立っていることはできる。
妙な感じだが、両手が残っていてくれて良かった。
これならまだ戦える。
「君のことは知っているよ。確か、ラッセル……アクセルの双子の弟だったね……アクセルと同じ技で死ぬがいいっ!」
ノワールは九天鏖殺を放った。
九色九つの閃光がラッセルに迫る。
「ちっ!」
ラッセルはバイオレントドーンをムチのようにしならせ、自らの体に巻き付けるかのようにして振るった。
九つの閃光のうち、三つまでが叩き落とされる。
だが、残り四本はラッセルの両肩と両太股に神剣と化し突き刺さっていた。
「四本で充分だ、弾けて消えろ、下……ろうおおおおおおおっ!?」
ノワールの言葉が途中で絶叫に変わる。
ノワールの額に細身の十字剣が深々と突き刺さっていた。
「姫……あなたまで僕を……裏切るかあああっ!?」
『……天使祝詞(アヴェ・マリア)……』
脳裏に直接聞こえてくる姿無き女の声と共に、突き刺さった剣を中心にノワールの顔に白銀の光が十字に走る。
「ひ、め……ああああああああああああああぁぁっ!」
ノワールの脳裏に直接、天使のような歌声が何百、何千重にも響き渡った。
『良く効くだろう? 何百、何千と超圧縮された天使祝詞は……別に魔属じゃなくたって、発狂か、脳味噌が消し飛ぶか、とにかく最強の拷問のはずだぜ』
天使祝詞の反響の隙間をぬうように聞こえてきたのは男の声。
『AMEN(アーメン)だ、クソガキ』
突然、光り輝く白銀の剣が飛来し、ノワールの口の中を貫いたかと思うと、二本の剣が共鳴し、白光と黄金の光輝がノワールを跡形もなく爆砕した。








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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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